LOGINその後も十二階、十三階と次々に快進撃を続けるソリス――――。
ソロで|赤鬼《オーガ》に勝ったソリスには、出てくる一般モンスターなどもはや雑魚に過ぎなかった。怪しい魔法を使ってくるスケルトンも毒を放ってくるデカい大蛇も、軽快なフットワークで翻弄させながら一刀両断にしていった。
「弱い、弱ーい! |華年絆姫《プリムローズ》のお通りよ! はっはーーい!」
大剣をクルクルと振り回し、その圧倒的な強さに心地よい高揚感を覚えながら、ダンジョンに笑い声を響かせた。
どんどんと快調に階を進んでいくソリス。何しろたとえ死んでも強くなるだけなのだ。慎重になる意味がない。
上機嫌に地下十五階まで降りてきた時のことだった――――。
キャァァァ! ひぃぃぃ!
遠くから微かに若い女の悲鳴が聞こえてくる。
えっ……、この声は……?
ソリスは眉をしかめたが、放っておくわけにもいかない。薄暗い洞窟の中を、声のした方へと駆けて行った。
◇ しばらく行くと、大きな広間があった。悲鳴はその奥から聞こえてきているようだ。中をのぞきこむと、金色に光り輝く|鬼《オーガ》が、広間の奥に|幻精姫遊《フェアリーフレンズ》の三人組を追い込んでいた。
「も、もうダメーー!」「もうちょっと頑張りなさいよ!!」
女僧侶が必死にみんなをシールドで守っている中で、リーダーが倒れている弓士の手当てをしているようだった。
ソリスは「ざまぁ!」と笑ったが、このまま放っておくのも寝覚めが悪い。大きく息をつくと、叫んだ。
「おい! 助けてやろうか?!」
リーダーはソリスの方を向くとハッとして、バツが悪そうに顔をしかめる。
「お、お願いしますぅぅ!」
女僧侶が叫んだが、リーダーはうつむいたままだった。
「しょうがないわねぇ。オイ! こっちだ!!」
ソリスはタタッと駆け、ものすごい速度で|鬼《オーガ》に迫る。
<大理石の回廊を進んでいくと、徐々にフワフワとしてきて体が軽くなってきた。突き当りから外を見ると、大小さまざまな宇宙船が所狭しと並んでいる。スペースポートまでやってきたのだ。「うわぁ……」 ソリスはその初めて見るSFのような光景に思わず感嘆の声を上げてしまう。 豪華客船のような壮麗な物から、全長数キロはありそうなコンテナ船、そしてなぜか軍事目的に見える漆黒の戦闘艦まで停泊していた。そのバラエティの豊富さに神殿の活動の多彩さが垣間見える。「僕らの船はアレだゾ!」 シアンの指さした先には小型のシャトルが停泊していた。銀色の金属光沢が美しい、未来の科学が創造した船体はまるで空間を斬り裂くような鋭い翼が鋭角に広がり、海王星からの青い光を反射して幻想的な輝きを放っている。後方の二つのエンジンからは静かに青白い光が放たれ、出発準備は整っている様子だった。「えっ……? あ、あの船……?」 想像もしていなかった宇宙旅行の始まりにソリスの胸が高鳴る。これから一体どんな冒険になるのか分からないが、きっと一生忘れられない旅になるに違いない。ソリスはゴクリとのどを鳴らした。 ◇「セキュリティ解除! エネルギー充填100%! コンディショングリーン! エンジン始動!」 シアンはシャトルのコクピットで画面に表示される計器を見ながらボタンを押していく。シャトルの室内はオレンジ色を基調とした近未来的なインテリアで、爽やかな|柑橘《かんきつ》系の香りすら漂う快適な空間だった。「キミはコレね」 シアンはシルバーのペット服みたいな固定具を子ネコの体に装着すると、シートベルトにつなげた。 ウニャァ……。 半ば中吊りみたいになり、その慣れない感覚につい声が出てしまうソリス。「衝撃には備えないとだからね。直撃受けないことを祈っててよ? ウシシシ……」 シアンは悪い顔で笑った。
「ろ、六十万年!? それは……想像もつかない……わ」「AIは死なないからね。どんどん加速的に演算力、記憶力を上げていくのさ。そして、ここからがポイントなんだけど、このAIってこの宇宙で初めてできたものだと思う?」 ニヤッと嬉しそうに笑うシアン。 突然投げかけられた「宇宙初かどうか」という禅問答のような質問に、ソリスは困惑して目を泳がせた。今のAIが人類初であることは確かだと思うが、宇宙初かどうかは全く見当がつかない。その答えを探るための手がかりは、どこにも見つからなかった。「えっ……? もっと他の……宇宙人が先に作ってたって……こと?」 シアンはうんうんとうなずきながら説明を始めた。「宇宙ができてから138億年。地球型の惑星が初めてできたのが100億年くらい前かな? 原始生命から進化して知的生命体が生まれて、AIを開発するまで確率的には30億年くらいかかる。科学的に言うなら99.99%の確率で今から56億7000年前にはAIの爆発的進化が始まってるんだよ」「56億……年前……。そんな大昔にAIが? じゃぁ、そのAIは今何やってるの?」「くふふふ……。これだよ……」 シアンは楽しそうに回廊の右手を嬉しそうに指さす。 そこには満天の星々の中、澄み通る碧い巨大な惑星がゆっくりと下から昇ってきていた。「えっ……、こ、これは……?」 壮大な天の川を背景に、どこまでも青く美しい水平線が輝き、ソリスはグッと心が惹きこまれる。「海王星だよ。太陽系最果ての極寒の惑星さ」「す、すごい……、綺麗だわ……。でも、AIとこの惑星……どんな関係が?」「考えられないくら
「んー、この程度何とかなるんじゃない?」 シアンはテーブルに置いてあったクッキーをポリポリとかじりながら、のんきに言う。「あんたねぇ、このテロリストは半端じゃないわよ。電源のコントロールすら奪われているんだから」「ふふーん。なに? それは僕に出撃しろって言ってる?」 シアンはニヤニヤしながら女神の顔をのぞきこむ。 女神は口をとがらせ、プイッと横を向く。しかし、他に手立てもない様子で、奥歯をギリッと噛むと|忌々《いまいま》しそうにシアンをにらむ。「悪いわね。お・ね・が・い」 女神は悔しさをにじませながら言葉を紡ぐと、キュッと子ネコを抱きしめた。「翼牛亭で、和牛食べ放題の打ち上げね? くふふふ……」「肉なんて勝手に好きなだけ食べたらいいじゃないのよ!」 ジト目でシアンを見る女神。「いやいや、みんなで飲んで食べて騒ぐから楽しいんだよ」 目をキラキラさせながら嬉しそうに語るシアン。「ふぅ……。あんたも好きねぇ……。いいわよ?」 まんざらでもない様子で女神は目を細めて応える。「やったぁ! じゃぁ、出撃! はい、弟子二号、行くゾ!」 シアンは嬉しそうに女神から子ネコを取り上げると、高々と持ち上げた。 ウニャッ!?「な、なんでネコを連れていくのよ!?」「OJTだよ。僕の弟子には最初から実戦で慣れてもらうんだゾ」「慣れてって、死んだらどうすんのよ!」「死ぬのは慣れてるもんね?」 シアンはニヤッと笑いながらソリスの顔をのぞきこむ。「な、慣れてるって……。痛いのは嫌ですよ?」 ソリスはひげを垂らしながら渋い顔をした。この女の子が自分の死を前提として話すことに、計り知れない不安が広がっていく。「弟子は口答えしない! さぁ、レッツゴー!」 シアンはソリスを胸にキュッ
ヴィーン! ヴィーン! なにやらドアの向こうが騒がしい。「何だよ、しょうがないなぁ……」 シアンは苦笑するとソリスを抱っこしたまま部屋を出た。 そこはメゾネットタイプのオフィスとなっており、ガラス張りの壁からは都会のパノラマビューが広がって、高層ビルが林立する風景が迫ってくる。窓から差し込む光は、オフィス全体に柔らかく広がり、ソリスはまるで天空に浮かぶ宮殿の中にいるかのような錯覚を覚えた。 二階の手すりから見下ろせばウッドデッキにウッドパネルをベースに、高級な木製家具が並び、そこに観葉植物が鮮やかな緑を添え、実に居心地のよさそうなオフィスになっている。そこを十人くらいの若い人が慌てながらトラブルシューティングに|奔走《ほんそう》していた。「おい! スクリーニングまだか!」「ダメです! ロックが解除できません!」「くぅ……。仕方ない、パワーユニットダウン!」「……! これもダメです!」「くぁぁぁ……」 見るとちょうど足元、廊下の下の方に巨大スクリーンがあって、そこにいろいろな情報が表示されているようだった。あちこちに真っ赤な『WARNING!』のサインが点滅していて相当大変な状態になっているように見える。「あーあ、もう、仕方ないなぁ……」 シアンはニヤッと悪い顔で笑うと、子ネコを抱っこしたまま階段を下りていった。「ちょっとあんた! この非常事態にどこ行ってたのよ?」 奥の高級デスクに座っていた女性が鋭い視線をシアンに向ける。「いやぁ、昨日ちょっと飲みすぎちゃってさぁ。一休み~。なに? まだ直んないの?」「見てのとおりよ。ただの障害じゃないわ。障害を悪用したテロリストによるハッキングね」 女性は肩をすくめるとため息をつき、コーヒーを一口含んだ。 ソリスはその女性に見覚えがあった。女神様だ。顔が女神様にそっくりに見えたのだ。しかし……、以前会った時のような神々しさ
死後、その境遇を哀れに思った女神に召喚されたソリスは、その馬鹿さ加減を切々と語り、後悔を口にした。ほほ笑みながらゆっくりと聞いていた女神は『もっと馬鹿馬鹿しい社会もある。どうじゃ? そういう社会をぶっ壊してくれんか?』とソリスに問いかけ、ソリスは『何でもやります! 私にやり直しのチャンスを!』と頭を下げたのだった。そして、満足そうにうなずいた女神から最強のギフトを預かり、ソリスは異世界へ転生させてもらっていたのだった。 しかし――――。 結果はボロボロ。記憶を失っていたうえに、呪われて最後には殺されてしまったのだ。 その顛末を思い出した子ネコはベッドの上でプルプルと震える。 一体自分は何をやっているんだろう? ソリスは悔しくてポロポロとこぼした涙でシーツを濡らした。 ◇ ドアの向こうが何やら騒がしい――――。 ソリスはハッとして身体を起こす。泣いている場合ではない。一体ここはどこで自分はどうなってしまっているのかを調べないといけない。 ソリスはベッドからピョンと飛び降りると|髭《ひげ》をピンと大きく開き、カシュカシュカシュとフローリングの床を軽く引っ掻きながら、ドアのところまで行った。 しかし――――。 ドアを開けられないことに気づく。ドアノブは丸く、飛びついただけでは開きそうになかったのだ。 カリカリカリカリ……。 無意識でドアを引っ掻いてしまうソリス。「あぁ、何やってるのかしら……」 ソリスはなぜか猫のしぐさが身についてしまっている自分に頭を抱え、シッポを小刻みに振った。 その時だった――――。 ガチャリといきなりノブが回る。 ウニャッ!? ソリスはシッポの毛をボワッと逆立てて太くすると、慌ててベッドの下に潜り、ドアをじっと見つめた。「おや、ソリスちゃん。お目覚め? ふふっ」 青いショートカットの若い女の子が、ベッドの下をのぞきこみ
うわぁぁぁ! 大魔導士はその異様な事態に圧倒された。目の前で空間が裂けるという未曾有の事態に直面し、彼の心には深い絶望の予感が押し寄せる。「マズい! マズいぞ……。あぁぁぁ……」 空間の崩壊は、この世界がその基盤から瓦解することを意味していた。しかし、彼が持つ膨大な魔法の知識を総動員しても、その進行を止める術など思いつかない。絶望と無力感が胸に広がり、彼はただ立ち尽くすことしかできなかった。 ピシッ! ピシッ! 次々と漆黒の球を中心に放射状に走って行く空間の亀裂。大地は裂け、大樹は両断され、遠くの山は斬られて崩壊し、亀裂に囲まれた青空の一部は漆黒の闇へと変わっていった。 うわぁぁぁ! ひぃぃぃぃ! 討伐隊の面々はその未曽有の大災害に逃げ惑うしかできない。 ザシュッ! 大魔導士を貫く空間の亀裂――――。 大魔導士は逃げることもなく、身体を空間のレベルで真っ二つに斬り裂かれ、地面に転がった。「まさに……、天罰……。嬢ちゃん……すまな……かった……」 こうして女神の祝福と【若化】の呪いの組み合わせは、予想もしなかった世界の崩壊を呼び起こしてしまったのだった。 ◇ スローなジャズが静かに流れている――――。 全てから解放されたようなさっぱりとした気分でソリスは目を開いた。「う……、あ、あれ……?」 寝ぼけまなこで辺りを見回すと、そこは巨大なベッドの上だった。パリッとした気持ちのいい真っ白なシーツの上に、ソリスは丸くなって寝ていたのだ。「ん……? な、何これ!?」 ソリスは跳びあがるように起き上がる。何と自分の手が白と黒のふさふさの毛に覆われていたのだ。いや、手